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2009年8月

羽化登仙。

12時に最寄の駅で「M酔軍ご夫妻」と「大守氏」と待ち合わせ。

曇天模様でちょっと心配だったがどうやらもちそうだ。

本日は拙宅での宴会。

相変わらず大したお持て成しは出来ないが、それでも愉快な宴席になりそうだ。

とりあえず儀礼的にビールで乾杯。

本日のお品書きは、などと大袈裟なものではないが如何せん酒場スタイルになる。2009083011380000 2009083011440000

これだけは外せない「赤ウインナー」。

これは下準備が重要で、斜めにしかもやや深め均等に包丁で切れ目を入れる。自分の中ではこれでないとウインナーとは認められない。

いつもの事ではあるが、拙宅での宴会は必然的に「郷土料理」になる。

今回は小鉢に「じゅんさい」「塩漬けわらび」、大皿に「笹竹と結び糸コンに鯖缶を加えてた煮物」、それに「ナメコおろし」、あとは「マカロニサラダ」等々。

まぁこれと言って手の込んだものは無いが、その分「旬な話し」をつまみに盛り上がった。

そのうちお約束のご近所会、「I上ご夫妻」に合流して頂き近々神楽坂の名店「伊勢藤」へご一緒する約束を。これも楽しみ。

途中、高円寺か浅草かの「あわ踊り」に行かれると言う大守氏と、それを駅まで送って頂いたI上ご夫妻が帰られ、その後これまたお約束のI井家が登場。

然るに当然酒も流れ消えて行く。2009083107240000

日本酒組 「六歌仙 一升」「出羽桜 四合」「明鏡止水 四合」

焼酎組 「キンミヤ 四合」「キンミヤ 一升」。

これに缶酎ハイなど。

暗黙の了解でここに「白酒」が無かった事が良かった。

時間は失念したが、M酔軍ご夫妻がご令嬢のH嬢とそのご学友のN嬢が迎えに来て帰られた後も、なんだかんだで10時過ぎまで断続的に宴は続く。

お陰様で仙人とは言わないが羽が生え天にも昇る心地良さのうち、めでたく「大破轟沈」。

M四二期会。

懐かしい9名の顔ぶれが集まった。2009082921420000

当初は18名の仲間が居たが、色々変遷があり最終的にはこの顔ぶれに。

このメンバーであっちこっち、笑ったり泣いたり、親も子も正に旅芸人の様な一時期を一緒に共有したものだ。

K先生を始めMコーチ、残念ながらO先生は所用で来られなかったが、その代わり臨月をおしてティーチャー松本さんに参加して頂いた。

ほんの少し前までは○愛・○船・○総・○実・○松、とライバル同士の関係だった為、会場などで会っても簡単な挨拶程度、どこか他所々しく感じられた。

それがこの日は昔のチームメイトの顔が一気に蘇る。

それは親も同じで、いや、親はそれ以上に其々の高校の話しやらで盛り上がり、とても楽しい夜を過ごした。

2009082918590000 2009082918170000 この度の会はお店ではなく、O畑さんの口利きでとある場所のある大地主さんの別荘をお借りしての開催。従って料理やお酒・飲み物などケータリングの利用となった。

その別荘も凄いのなんの。

広大な敷地に外見は超和風の瓦屋根が立派な佇まいだが、室内はログハウス調の全面ウッドで、中々お洒落な作りになっている。

ケータリングも先日壮行会でお世話に成った「東洋フード」さん。会場内設定から後片付けまでお世話になり、料理も飲み物も申し分なく、「次回はうちでも利用したい」等と担当の方から名刺をもらっている親もいたりして、皆さん満足されていた様で幹事としても何より。

全てフリードリンクだったが、途中日本酒とワインの赤白が切れてしまい急遽到達して貰った。松四の親を舐めちゃいけませんよ。特に母親達を。

子供達は、「これまで」様々な経験を経して現在に至っているが、「これから」の方が長く、厳しい事や辛い事が多い。そして楽しい事や嬉しい事も。皆、自分自身を信じて頑張って欲しい。

そして二十歳を過ぎたら一緒に呑もう。それまでは我慢だぞ!

月下氷人。

いや、不覚だった。

色々言い訳はあるが、それにしても初めてではないか。

これまで懺悔の意味を込めて毎年何かしらのイベントを行っていた家人の誕生日を忘れていた。

今日はそのお詫びの印に。

2009082717230000 2009082717480001 新坂川のほとり、流鉄線の踏み切り近くにある「福利」。

この度が初めてだが、店の前を通る度に気に成っていた。

中に入ると大き目のカウンターとゆったりとした座敷がある。

とんかつ・串揚げとあるが、刺身や煮込み・その他一品料理や手打ち蕎麦などもあってご近所の方は食事というより、酒場として利用しているようだ。

お奨めの串揚げ五品盛りとハムサラダを頼み、ビールとチューハイで先ずは乾杯。

見た目よりもそれぞれ手が込んでる仕事は長らく支持されている所以だろう。

海老も見事にプリプリしていて、チーズの鶏肉巻きと共に実に旨い。そして串揚げの大事な要素、衣とソースもうまい。

それしにてもこの家人、何時もの如く生ビールの「吸い込み」が驚くほど早い。徐々に常連さんが席を埋め始めそこでお勘定。

次いでは河岸を変えて「わかしお」2009082718520000 2009082718250000

大分昔にここら辺りを流しているタクシーの運転手さんに勧められたお店。

以前は違う場所にあったが久しぶりに暖簾を掃う。

相変わらず上品な店内。ここは厨房もお運びも全て女性。

日本酒や焼酎ワイン等の品揃えも好みのものが多く、出羽桜にしようか迷ったが、高清水の辛口を頼んだ。

お通しには珍しい「筋子おろし」。こんなところが呑み助に人気の訳か。

下町巡礼価格とはいかず、そこそこ値が張る設定だが瞬く間に満席。

家人が突然、「こちらの店主、同郷かしら」。どうやら「出羽桜」と「筋子」繋がりだけでそう思ったらしい。確かに故郷を代表する酒と、同じく故郷で人気の食べ物。真偽の程は聞かずじまい。

もう一軒行こうと言うことになり、懐かしい「綱長井」。「つながい」と読む。2009082718580000

昔、この街を飲み倒していた時期があり、この駅で降りると先ず口切はこの綱長井からだった。

まだ若かりし頃、ここの故マスターは同じ業界からの転職者で、業界の話など色々聞かせてもらったものだ。

粋がりだけの世間知らずで、値の張る「冷酒」だけを飲んでいた頃、良くここで偶然一緒になる職人さんから「本当の酒」の手解きを受けたのもここだ。

その方は自作の竹製の「ぐい呑み」を店にキープしていて、会うと何時もニコニコしてそのぐい呑みで粋に酒をのんでいた。酒呑みはかく有りたいと思ったものだ。

因みに「吉田類」巨匠も来店されている。

家人とも良く来た。

ここはやはり「出羽桜」でじっくりと行きたい。それにしてもお隣の方一軒目と変わらず生ビールの吸い込みが早い。

お店はそのままだが、故人のマスターに代わり息子さんが継いで奮闘されている。客層が少し変わってしまったが、これからも頑張って欲しい。

色んな思い出が駆け巡る中、家人が言うには「長男を授かった」事をここで告白したそうだ。それを聞いた自分は恐らく「狂喜乱舞」したのだと思うが、今は昔。

思い出と共に店を出て帰宅後さらに「反省会」で蕎麦焼酎。そして隣は相変わらず吸い込みが良い。

まぁ色々あるが、我々の「月下氷人」は間違い無く「酒」だろう。

スタンディングオベーション。

疲労困憊にうちに稲毛に着き、直ぐ様折り返し帰路へ。

大人の対応と言うものも疲れるものだ。

こんな時は精神衛生上的に気兼ね無く、しかも面倒臭く無い「オアシス」へ行かねば成らない。

些か前置きが長かったが、津田沼は榊原精肉店直営の立ち飲み「ギュートン軒」。2009082617230000_2 2009082617560000_2

ここは3時のオープンだが店内が狭いので直ぐ満員御礼となる。

故に、もちろん皆さん立ち飲みのマナー、「ダーク」に構えていらっしゃる。

つまみの品数も多くてこれだけでも選ぶ楽しみがある。

おばちゃん達も相変わらず感じがいい。

2009082617300000_2 2009082617470000 取り敢えずはチューハイ280円のダブル480円を頂く。

計算大丈夫か?確かに480円と書いてある。

180円の「ハムカツ」と「タコぶつ」で煽る濃い目のチューハイが五臓六腑に染み渡り、これぞ悦楽の気分。

やっと人心地が付いたところで、「コロコロ焼き(いわゆるアブラ」)と「しめ鯖」。

コロコロ焼きは口に入れた途端に解け始め旨い、しめ鯖も〆具合が丁度良い。

立ち食い蕎麦屋のお水の様なコップに入っているのは280円の「日本酒」。冷やも燗もあるが今日は冷やで飲る。

お客は、ボードを持った波乗り中年や、きっちりスーツ姿の紳士、初老のご夫婦、今時赤鉛筆を耳に挟んだギャンブラー、何処から見ても「カタギ」ではないが礼儀正しい先輩など、いつもの人間観察が面白い。この方達に喝采。

滞在一時間ほどだが、十分満足して店を出た。

信州の疾風。

急遽、所用で長野へ二泊三日で行く事になった。

以前には会社の保養所のある赤倉妙高や立山を信濃大町側へ降りて来たり、初めてではないが、何時もの如く般若湯のお陰であまり記憶が無い。

この度は佐久を拠点に、蓼科方面へ。

中仙道の宿場町「望月宿」。

宿場町と言えば、「妻籠宿」や「大内宿」に代表される観光地。

信州にも「奈良井宿」がある。

ここはそれらのメジャーな宿場町とは一線を画し、良い意味で地味だ。

町全体に落ち着きが有り素晴らしい。

「不自然な手」が加わっておらず、見事にそのまんまの体を成している。5282a0610000000051

そこに幾つかある旅籠の一つ「井出野旅館」。

夕闇に映えるこの木造三階建ての堂々とした風情はどうだ。

この町が何とも落ち着くのは、町場の建物のほとんどの軒の高さが当時のまま低いからだろう。

そしてやはり、食・酒。

肥後・会津・そして信州とくれば、「桜」、そう「馬刺しNavibasashi1 」。

余分な「サシ」が無く、淡白ながらツマの玉葱と相まって濃厚で甘みさえ感じる。大蒜も生姜も良い。

「馬刺し=焼酎」と思われがちだが、地元の銘酒大澤酒造の「明鏡止水 ・辛口」との相性も抜群。

〆はもちろん「田舎蕎麦」で。

「信州信濃の(蕎麦)よりも、わたしゃ貴方の(側)がいい・・・」。戯れ詩を思い出した。

冷ったい肉そば。

以前何かのTVで、神田に我が故郷の「冷たい肉そば」が食べられる店がオープンしたと聞いた。

我が故郷には「冷たいラーメン」と「冷たい肉そば」と冷たい麺の双璧があるが、どちらかと言うと「冷たいラーメン」の方がメジャーだろうか。

この度の帰省でも最低毎日一度は「冷たいラーメン」を食べたし、多いときは一日2回「冷たいラーメン」を食べた(どんだけだよ)が、終ぞ「冷たい肉そば」は未食。

思い立って、東京メトロに飛び乗り一駅先の神田へ降り立つ。

予め調べておいた地図を頭に入れて神田美土代町へと・・

この暑い最中これが中々見当たらない。100682595191sakaeya

そんな中、偶然「栄屋ミルクホール」の前を通りかかった。

見事な店構えにうっとりして、ええっい面倒くさいここで名物の「ラーメン&カレー」でも食べてしまおうか。

普段ならいつもの根何草の性分でそうなる筈なのだが、この度は何故か信念が固い。

途中、郵便屋さんに聞きながらやっと発見。100682595191_2 2009082011250000_2

暖簾にでかでかと「山形肉そば」。

如何にも「フードコーディネーターが拘わりました」。的な店構え。

店内に入ると、如何にも「フード・・」もういいか。

先ずは券売機で「冷たい肉そば」380円を押す。

総てセルフシステムのなかカウンターに座ると程なくして「冷たい肉そば」が出来上がった。

見た目は普通の河北町谷地発祥の「冷たい肉そば」。自ずと期待が膨らむ。

一口食べて、麺・出汁・具、うん?更に、うんうん?

総ての原因は出し汁。

随分と上品な薄味だ。と言うか単に薄まっているだけだ。しっかりダシを取れば薄味でももっとコクと旨みが出るはずだが、それがあまり感じられない。

好みの問題もあろうが、この塩加減では京のお公家さんでも物足りないのではないか。

せっかく暑い中探し回ってこれには参った。

汗をかき過ぎたが為に身体が塩っけを欲しているのか。

次回を期待しつつ、とに角もう少し頑張って欲しい。

せめてもの救いは目の前に「樽平」と「生元辛口」がおいてあったこと。

今日だけは固い信念が災いした。

残念至極。

食わず嫌い。

17:05に会社を出て、湯島の街を流す。

もう少し闇が迫れば酔客で賑わうこの辺りも、「夕まづめ」の今頃はそれとは違い、小料理屋の小粋な女将さんが和服姿で水撒きをしている。これもまた良いものだ。

普通なら何処かの釘に引っ掛るところだが、そのまま電車に乗る。

特にアテがある分けでもない。

地元の駅に着いてこのまま帰宅すれば「出来た亭主」なのだろうが、そうはいかないのが人の常。しかも家には「chara」以外誰も居ない。

駅前の「しちりん」へ顔を出す。店員の「ひで坊」が「お疲れ様で~す」と笑顔で言われたので「別に疲れてねぇ~し」と大人の対応をしてやった。

ところで、先日の帰郷からずう~っと「もつ煮こみ」の事が気になっている。

実は「もつ煮こみ」に関してはかなり好き嫌いがある。、よって、ここぞと言う店以外ではあまり「煮こみ」は頼まない。逆に嵌ればずっとそれ。

この「しちりん」は断続的に20年くらいの付き合いだが、恐らく煮こみを頼むのは初めてでは無いだろうか。いや、一度頼んで見切ったか。

この店は各自七輪の上でホルモンを含めた肉や魚、野菜などを自分で焼いて食べる。それと名物はこの店独特の鉄小鍋で焼く大蒜のオイル焼き。

自分の中でのランキングは中の中、肉・魚が揃っていてチューハイも300円。今まで手頃な店として利用して来た。

それがこの度何の期待もせず躊躇も無く頼んだ。

然るに、いや、驚いた。勿論、「きつねや」「丸好し」「宇ち多”」などのパンチが効いてて自己主張するのとは一線を画すが、それでもどこか懐かしく家庭で作る昔の素朴な煮こみの味がした。

具も、もつ・大根・人参・牛蒡・蒟蒻などごく家庭的な素材。

今更、こっ恥ずかしくて画像も撮らなかったがこれらの素材がバランス好く混ざっている。

今日のサービス品の「サヨリの南蛮漬け」と共にチューハイが旨い。

己の性格から、また当分ここの「もつ煮こみ」が続きそうだ。

シナジー効果。

こちらに戻ってきて、先ずは取り敢えず上野は立ち飲み「たきおか」。

早い時間にも拘わらず相変わらずの盛況振り。お見事。

チューハイを「煮込み」と「里芋の煮物」で飲る。こちらも相変わらず、旨い。

ここの煮込みは、所謂スタンダードな白味噌仕立ての煮込みと、牛筋を韓国風ピリ辛に味付けしたものと二種類ある。どちらも旨いが、今日は白味噌煮こみ。汁まで飲めて旨い。

カウンターで斜に構えて辺りを観察しながら外に目をやると、道を挟んだ向こうに最近出来たやはり立ち飲み屋が開いている。100682595191

相手にしたくないが、それでもちょっと気になる。

そうなるともう抑えが利かない性分。仕方がない。

あっと言う間にそちらへ移った。

2009081812260000 店内を一通り見回すが、やたら綺麗だ。

まぁ出来立てなのでしょうがないが、落ち着かない。

よく見たら上野に三店舗ある焼肉「大昌園」の系列だそうだ。

随分スタッフの数が多い。

先ほどの「たきおか」は「カウンター」と「島」が八割ほど埋っていたにも拘わらず、ここのスタッフの3分の1以下なのはオペレーションの問題か。2009081812310000

何はともあれ、チューハイ250円と牛筋煮込み150円

煮こみの連チャンは十分キツイ年代に入ってきたが、比較対照するにはこれが丁度良い。

う~ん?、チュウーハイはちょいと薄目か。牛筋は塊が三つほど。

立ち飲みが向かい合って、お互い切磋琢磨しレベルアップするのは我々呑兵衛には願っても無い事だ。その為にも頑張ってほしい。もう少し。

そんな思いの中、居た居た2009081812280000ここにも。

独りカウンターに肘を掛けてビールを呷っている。

こう言う女性は絵になる。実にかっこいい。

これだけでも、こちらへ移って来た甲斐があろうと云うものだ。

「たきおか」には着流しの「サムライ」が出没するが、こちらにはタンクトップの「くの一」が居るようだ。

出羽路燦燦Ⅱ。

帰省する前には、何だかんだと思いを巡らしあの酒場とあそこの寿司屋には絶対寄ろう、なんて思っていたが何かと所用があり現実は難しい。

それでも昔の街並みを求めて彷徨う。

昨日の鯨飲もなんのその、朝5時に起きて昔の遊びフィールドだった「薬師町」「緑町」「六日町」「七日町」をながした。

昔は大きく感じられた道や建物が驚くほど小さい。

いやいやながら通わされた「教会」。目を瞑ってでも歩ける「千歳公園」。自分を探していた「高校」。酒と人生を教えられた、「どて煮・こまや」。

そして酒場巡りの原点「一ぱいや」2009081513280000

千歳橋の橋端にあるここは雨が降ろうが槍が降ろうが暖簾を掲げている。それどころか定休日にも暖簾は外さない。

その昔、この「一ぱいや」に通えたら一人前と言われた。

カウンターの中は名物親父が取り仕切り、絶品煮込みをお代わりした記憶がある。そうだ、鍋を持って行きその煮込みをテイクアウトもしたっけ。それほど旨かった。

当時は近隣の銅町の鋳物職人さんで溢れかえっていて直ぐには座れずカウンターの後ろで待たされたものだ。

初めて「レバ刺し」を食べて感動したのもここだ。

店内の神棚も親父さんも健在らしく何より。

少々センチメンタルに浸っていると、故郷のブロガー「ちゃかぞうさん」より、翌日のお祭りのお誘いを受けた。残念だが明日は現住所に戻らなければ成らない。

それなら、っと言う事になり急遽お会いする事に相成った。

天童の指定された場所へ着くと、そこはれっきとした「某公民館」。

ここで翌日のお祭りに出す「煮込み」や「焼き鳥」の仕込みを行っているとの事だ。

勧められるまま館内に入ると、丁寧に下処理されたモツが大鍋三つの中で煮えたぎっている。

幾らなんでもまさか公的機関での、まして3時頃からの飲酒は何かと難しいと思い、ご挨拶だけして帰ろうとしたら、どこからかビールやら日本酒やらがすぐさま出てきた。さすが。

2009081514510000 2009081515280000

つまみはもちろん東洋水産「マルちゃん印の鯖缶」。これだけは外せない。ちゃかぞうさんと知れ合えたきっかけもこの鯖缶。

数ある鯖缶の中でも「身のほぐれ」「塩っけ」共にこのマルちゃん印の鯖缶が一番。

ちゃかぞうさんのお母様お手製の「紫蘇巻き」もこれまた色鮮やかで美味い。

途中ちゃかぞうさんのお仲間さんを交えて、いやこちらが交ぜて頂き楽しい宴となった。

こんな感じが実に羨ましい。皆さん何も気負わず、ごく自然体。会話も何て事の無い世間話。どこか下町のそれに似た感じがした。

ほんの一時ではあるが皆さん温かく何とも豊かな気分と、望郷の念にかられ少し焦りを感じつつ再会を約束してお暇した。

良い酒宴だった。皆様お世話に成りました。

さぁ、帰ってもう一宴会。

出羽路燦燦Ⅰ。

三泊四日、久方ぶりの帰省。

帰省するたびに街並みやその周りの表情が変わるのはとても悲しい。

変わらないのは観光地だけと言うのも何とも皮肉だ。

昨晩、しこたま呑んだにも拘らず、朝早く起きてしまうのは精神的にどこか興奮しているのだろう。

一家四人で天童と山形の二箇所のお寺様に懺悔、いや、ご先祖様のお墓御参りに行く。

普段は親と行動を共にする事など殆ど無い子供達も「お墓参り」と言う言葉には弱く、我儘を言った事が無い。これも立派な躾だ。

と思ったら夏恒例の「山寺」行きは見事に却下され、仕方なく家人と二人で。2009081413170000 2009081413360000

相変わらずの山寺。変わり様が無い。

昔、側を流れる紅葉川の仙山線が架かる鉄橋の下綺麗な婚姻色の「オイカワ」を手掴みで捕まえたものだ。

ふと橋から下を眺めたら高校生であろうか、少年達が川の淵に飛び込んだりして遊んでいる。中々見込みのある「あんちゃん達」だ。

このまま通り過ぎる事の出来ない性分で、勢い川辺へ降りて行くと、何組かの家族が居た。これが皆さん中国系の方々。お国にはもっと素晴らしい所が沢山あるでしょうに。

本来なら根本中堂から奥の院まで一気に上り、帰りは五大堂からの絶景と成るのだが今回は少々いや大幅にショートカットさせてもらった。

省略しなかったのはもちろん「力こんにゃく」所謂「玉こんにゃく」。しっかり味の浸み込んだ玉こんにゃくに溶き芥子が何とも美味い。

場所柄「蝉時雨」が凄い。その蝉の種類がどうこうは茂吉さんに任せるとして、これぞ正調日本の夏である。

山寺を後にして家人の実家へ戻るがどうも中途半端で暇を持て余す。

やはりあそこしか無いな。漆山「オオミヤ食堂」。2009081416280000_2 2009081416280001_2 2009081516300000_2

帰省すると毎日1回はここのラーメンを「必ず」出前して貰う。「必ず」。

今回は暇そうにしている愚息を誘ってビール。

店内のその「計算され尽くした汚さ」、いつも出前なので愚息は初めての店内に驚いていた。クックッいい気味だ。

と、優越感に浸ったいるとビールの突き出しに天敵の「漬物」。愚息は勝ち誇った様に「ニヤ」っとしたが相手にせずこちらはひたすらビールだけを呑む。

最後はやはり「冷ったいラーメン2009081416360000 」。

実は本日二回目の「冷ったいラーメン」。

今日一回目は駅前に程近い某有名店で早めの昼食を食べた。家人と二人、「昔は美味かったんだけどなぁ~」なんて子供達に言い訳をしながら店を出た。全然ダメ。

そんなこんなで二回目は愚息にも大好評。ここは普通に美味い。

今日はこれから近しい親戚一同と大宴会。

これまでと様子が違うのは、甥っ子や姪っ子が「飲める」年齢になっている事。祖父母も楽しみにしている。

いざ開宴してみると、我が愚息と同じ年の姪っ子がヤバかった。まだ二十歳そこそこと言うのに自ら選んで購入してきたのが焼酎、しかも「鏡月グリーン」。おっさんか。

しかも殆ど一本空けてしまった。S子、おまえ見どころあるぞ。

地元の「利休」の牛タンでいつも飲んでるそうだ。何と頼もしい。

昔からこの娘は可愛らしい顔の割りに、人に媚びず迎合せず、ひたすら自分の道を邁進していた。

故に周りでは「難しい子」と言うイメージが一般的だっったが、どう言う分けか昔から自分にだけは懐いていた。

当時から同じ匂いを感じていたか?

よし、今度巡礼に連れて行ってやるからな。

それに比べて我が愚息の何たるチャラ男ぶり、アホ。

吾亦紅。

既に気分はお盆モード。

やはり帰省と言うものはある種独特の感慨があり、何とはなしにどこか更浮かれてしまう。

思えばここ何年故郷へ帰らなかっただろう。

数年前までは盆と正月、必ず帰省していた。そしてご先祖様のお墓参りや是までお世話に成っていながらご無沙汰している方々へのご挨拶などなど。まぁ有り体に言えば場所を変えての「呑み」なのだが・・

ところで朝六時半の上野黒門、流石の「たきおか」も開いていない。

う~ん困った。と思ったら救いの神あり。黒門交番側の「六文そば」。2009081307060000

何と朝6時から午後6時まで。もちろん「そば」は各種。しかも日本酒が呑める。偉い。

2009081307100000更に「紅しょうが天」「鰯天」「ゲソ天」「かき揚げ」なのど天婦羅の単品もある。

先ずは「イカ天」で1本。次いで「かけ」に一味をたっぷり振り掛けもう1本。

これ以上何を望もうぞ。

毎度の事ではあるが、出だしからからこれではこの度の帰省、先が思いやられること必至。懺悔の旅になりそうだ。

入相。

家人より、「扇寿司」へ誘われた。

いいねぇ、珍しく気が利く。

うん?待てよ、何かあったか?身の回りの事を何度も振り返ったが、何も思い当たる事は無い。よし。

大手を振って「扇」で待ち合わせ。

こちらの方が先に着いたらしく、暖簾を潜るとマスターの「いらっしゃい、お疲れ様です」いつものにこやかな笑顔。この愛想、勘違いしているそこらの寿司屋に見習ってもらいたい。

「先程奥様から電話を頂きました。」と言うマスターに、「へ~っそうなの」などと知らばっくれてみる。

今日は暑かった。珍しく口開けはビール。2009081117550001 2009071215100000

ストッカーから出された冷たいビールは実に旨い。

普段、めったにビールを飲まないが、やはり条件が揃えば格別だ。

つまみを適当に見繕ってもらう。ここの鮪が旨い。

ここはホッピーもある珍しい寿司屋だが、このつまみでは日本酒だろう。

超温燗にしてもらう。ここで遅れて家人が登場。

人を待たせるとは1万光年早い・・とは言えないので「おつかれさん」。

相変わらずの生ビールと温燗で乾杯。

家人がすぐさま「ホヤ」を頼んだら「本日定休日」だそうだ。

それではって言うんで、「穴子」を「詰め」で。それと敢えて「蒸し海老」、これも家人の好物。

ここの「にぎり」と「刺身」は近所の店ではピカ一。

何と言ってもマスターとママの掛け合い漫才(語り合い)が最高だ。

2合徳利何本目か、良い気分に成って来た。続きは自宅でと言う事になり扇を出た。

扇へ行く時はいつもご近所の仲良しが一緒だが今日は珍しい。

たまにはそれもいいか。

センチメンタルジャーニー。

まだ少し残っている所用で電車で稲毛へ。

この度から気楽に観ていられるが、またそれはそれで色々気に成る。

用事が済んだのが12時半ごろで夕方から地元で慰労会、それまで時間がある「さぁ~て、どうするか」。

考える間もなく、「M酔軍氏」→1:00「花生食堂」→14:00「一平」のルートが検索された。

早々M酔軍様に連絡をとると、突然にも関わらず「二つ返事」。ありがたい。

Dsc131661 一足お先に「花生」で、「キンミヤ」。

程なくM酔軍氏もお目見えされて「乾杯」。

お通しはいつもの「シラスおろし」。何て事は無いこれが、辛味があって美味しい。

それにしても、ここは何時来ても変わりない。Wさんを始め常連さんの顔ぶれ、話題までいつも一緒。

同郷の「ママちゃん」も相変わらず。

キンミヤを進めながら彼の地での事など話しているとM酔軍氏宅へお誘いを受け、お内儀のE子さんの運転で恐縮しながらもお邪魔する。

さすが分かってらっしゃる。テーブルの上には「キンミヤ」と、更に「蛸ブツ」・「胡麻油塩胡椒」。

最近、烏賊・蛸はこの食べ方に凝っている。

ここで改めて乾杯しながら慰労の言葉を頂いた。

こちらのお宅は、M酔軍氏のお仕事柄色々な珍しい、しかも高級な食材が揃っているが、今回は李錦記の「おつまみ豆板醤」。

普通、豆板醤と言うと回鍋肉・麻婆豆腐・坦々麺などの調味料を浮かべるが、この「おつまみ豆板醤」はそのまま正に「おつまみ」として食す。

それをM酔軍邸ではクリームチーズと付け合せて頂いた。旨い旨い。因って進む進む。

ご家族の「白箸王子H君」や「先輩H嬢」もお元気そうで何より。

何時お邪魔しても長居をしてしまうが、今日はこれからもう一席あるので十分満足させて頂いてお暇した。

地元へ帰り、Sちゃんから連絡を受け「扇寿司」がご盛況なので場所を変更。

この度の大和路での話題は尽きない。

途中I上ママも参席して慰労の言葉を頂いた。

I井家のアミと我が家のアイとは、ジュニアの頃よりずっと一緒で、越境しての中学、そして高校と常に同じユニフォームを着ていた。正に姉妹の関係だった。

それもこの度最後となり、やはり寂しく感傷的になるのはしょうがない。

I井家より心の篭った花束を頂いた。

親も子も新たな旅立ちである。

赤目四十八滝。

京都駅から近鉄線で奈良に入った。

高校の修学旅行で訪れて以来だが、当時は酷い二日酔いでとても名所旧跡などの記憶が無い。

只一つの記憶は「薬師寺」のスレた若いお坊さんが身振り手振りを交えて偉そうにしかも長がぁ~い退屈な説明をしていた。まったく迷惑な話だ。

京都・奈良などの旅行は40を超えてからの方がより興味や有り難味が増す。

今回の目的は奈良での観戦なのに三重に宿泊?しかも会場まで二時間も掛かる?

なんでだ?などと疑問符続きだが「インハイ配宿せンター」の振り分けでは仕方が無く従うより他に無い。

そこで宛がわれたのが「赤目温泉隠れの湯・・・」。なんで隠れなければならないのか分からないがともかく向う。

曲がりくねりながら、どうでも良いが随分登るなぁ。しかもマイクロだと対向車とすれ違えない。

ぶつぶつ言いながらも到着すると・・・あらっ?中々良さげじゃん♪

しかも旅館の脇には「赤目四十八滝」が連なる。2009080306030000 2009080306390000 2009080306350000 2009080306380000

名瀑に加え、露天風呂も申し分無い。

ともかく地酒で乾杯。心地よい疲労感が眠りを誘いほど無く爆睡。

翌朝この辺りを散策したら、滝壺の淵に何と天然記念物の「オオサンショウウオ」を発見!!しかも偶然にその後には「蛙」。これってもしかして井伏鱒二大先生?

5,60cmはあろうか悠々と這っている。

こちらに気が付いてまた悠々と滝壺の中心へと帰っていった。

あまりに普通に見かけたので画像に残す事も忘れたほど。これはもしかしたら「幸福の使者」かも?なんて、すこぶる都合の良い方に考えたら、本当に思いも寄らぬ「吉報」になった。

結局四泊のうち「オオサンショウウオ」に出会えたのはこの時限り。

こんな事でも無い限り、恐らくここ「赤目温泉」には生涯訪れる事はなかったに違いない。

何はともあれこれで一応の区切り。大変な事の方が多かったが「感激」や「感動」も得られた。

応援してくださった全ての皆様に感謝。

そして何より「娘」に感謝。

親子対決。

いよいよ明日から大和路へ出陣。

まてよ、その前にやっておかなければ成らない事が何か無かったか?

特に無い。

と言う訳で何の脈絡も無く「釣堀」へ行く事にした。

しかも二人で。更に親子で。

生意気にも「朝帰り」の愚息を無理矢理起こす。

寝ぼけていればこっちのもんだ。急かして考える暇を与えない。

一応サクサク成り行きを説明するが、チョ~納得行かない「何で?」ってな顔をしている。

そこで、「コンビニで何か買ってやる」と、今時小学生にも通用しない様なエサを撒く。

さっさと車に乗せコンビニに着くと、車を降りようとする愚息を制して、「俺が買ってくる」と、こちらが素早く車から降りた。

馬鹿め、この時点で1Rはこちらの勝ち。

コンビニを出る頃には「タカラ缶チュウーハイ」のプルトップを空けて、美味ぁ~い。早い者勝ちだ。

愚息のヤツ、「ずるいぞ、きたねぇ~な」とか何とか、さぞや非難轟々言ってくると思いきや、あらっ、黙って運転している。

大人になったのか、呆れ果てたのか。

反応が無い分、こちらの方が自戒と自責の両方の念にかられた。

1R不戦敗に訂正。

2009080111260000_4 2009080111280000_2

さぁ、釣堀到着。

浮き下の取り方や餌の練り方から手解きをしてやる。

ここは敵に塩をおくる様な気分だ。

ヘラ浮きをじーっと凝視して、ちょんちょんぐぅ~っで引き上げる。

先ずはこちらにヒット。見事な鯉。ほっと胸を撫で下す。

結局1時間あまりの釣果は愚息、「ヘラ鮒1匹と鯉1匹」に対してこちらは「立派な鯉3匹」

2R、堂々の勝利。どうだ、腕の違いを思い知ったか。

大学生の息子を相手に何とも大人気無いとも思うが、最近親父の「威厳」を保てる場面が極端に減ってきた。

腕相撲・野球・ゲームなど、昔は完全にこちらが優位だったが、今はどれも逆転さている。

こちらの得意とするアルコールも「hour」なら自身があるが「peak」では分からない。いや、これに関しても愚息は素質がありそうだ。

先日コロンを無断で借りようとして部屋に忍び込んだら、ビールや焼酎の空き缶がゴロゴロしていた。しかもこヤツ、「本物のビール」を飲んでやがる。それに以前「キンミヤ」を勝手に飲まれた経緯もある。

この頃より敵対心がメラメラ湧き上がって来た。

これからは絶対に負けない勝負だけを競っていこう。

とりあえず次回はこの夏の帰省に併せて、故郷での「カブト虫捕獲競争」。これは絶対の自信がある。但し愚息がこちらの挑発に乗ればの話だが。

いずれにしても今日の釣果なら半年は安泰だ。

2009080112320000_2

寺町酔狂。

一軒目はM酔軍氏と八重洲は「ふくべ」。

東京駅から程近く、趣のある一角に佇む。

縄暖簾を掃って引き戸を滑らせ店内に入ると、そこは「日本酒仙郷」。

2009073119140000 カウンター奥の見事な二段重ね四斗樽の側に陣取り正面を向くと、一升瓶が陳列されてどれも誇らしげに並び御指名を待っている。

先ずは店自慢の「樽酒」を「常温」で乾杯。柔らかくて旨い。

この芳しい檜の香りが醸し出す厳かな雰囲気は、恐らく寺社仏閣の匂いの影響ではなかろうか。

周防の「五橋」・土佐「司牡丹」を続け様に「温燗」で頼んだら少々熱いのが着た。燗に命を懸けている「神楽坂・伊勢藤」と比較するのは野暮というものだ。

しかも十分に旨い。

つまみの「たらこ」をちょいと焼いたのと「塩らっきょ」が邪魔せず控えめに徳利の尻を上げる。

最後にまた「樽」の「常温」に戻り、長居は無用ここらで。

大守氏と合流して粋な町、「深川」は「門前仲町」へ流れる。

「門仲」と言えば「魚三」だが、何と店の前にお預けを喰らって並んでいる人々が居る。

そうか、今日は金曜だ。しかしここは金曜以外でも混んでいる。

踵を返して、名物「呼び込みお父さん」と美人の看板娘が居る「だるま」へ。ここもまたご盛況。どうにか奥のテーブルへ案内されて大守氏は取り敢えず「生」こちらはチューハイ。

M酔軍氏が「ホヤの塩辛」を注文。これがまた旨い。ここは一つ薬缶で注がれる日本酒に切り替えようかと思ったが、思い止まった。「ふくべ」の余韻がまだ残っている。ここで消してしまうのは勿体無い。

愛想の良い看板娘に挨拶を済ませて表へ。2009073120370000

ここら辺り、路地裏も良い。

天下泰平の世のその昔、「深川不動尊」や江戸三大祭りの「富岡八幡宮」の門前町で栄えた頃、気風の良い「辰巳芸者」の象徴「羽織姿」で「裸足で桐下駄」の音を響かせて居たに違いない。

2009073120400000 ここで「匂い」を手繰って店を探ろうという事になり、三人で枝道を入る。その結果満場一致で「いずみ」。

カウンターのみの小体ながら中々味がある外観と店内。

ママが一人で営んでいて、この日は先客二人。

一人で飲っていた明るい女性と世間話などで盛り上がる。

乙な「酢の物」が舌に心地よい。

笑顔のママに送られ再訪を約束して店を後にした。

それにしてもここは良い街だ。しっとりと艶があり落ち着いる。正しく「大人」の街。

2009073121430000 もう一軒、M酔軍氏ご推薦の活力溢れる「深川 山憲」。

通りに面してオープンエアーなこの店。

カウンターに着くと長火鉢型七輪が置かれる。

某所にも七輪を出すこの手の店はあるが、何せ「セコい」。

パワー・スケール共に敵わない。

こう言う店は勢いでチューハイも進む。木場を背中に背負って居るこの街、これも有りだ。

本日は「巡礼」のサブタイトル「壮行会」と言うことでM酔軍氏・大守氏のご両人には全てお世話に成ってしまい恐縮する。

固い握手でここで大守氏と別れ、M酔軍氏と最後の「砂っぱらい」のつもりが「まる福」も「加賀屋」もラストと言う事で無念ながら、本日これにて終宴。

いざ、平城京。

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